移動の必要性が低減された社会

E・カレンバックのエコトピア物語を読み直す

抄録

　人新世を生きる人類は、今や移動に関する思考においても生態学的転回を成し遂げなければならない。生態学的転回の核心は、生態学的安定状態の実現にあろう。こういった視座から見たときに、人間の移動という行為はどのように再考され、再定義されるべきなのか。本稿では、放任でも抑圧でもない中庸的な観点から解決の糸口を探りたい。それは、移動の必要性そのものを減らした社会への移行であろう。しかし、全面的移行の成功例はまだ現れていない。そこで本稿では、生態学的安定状態に突入した社会の姿を描いたアーネスト・カレンバックのエコトピア物語の中から、移動という行為の生態学的転回に向けた手がかりを探ってみたい。エコトピア物語に鏤められている独創的なアイデアと実用的なヒントを浮き彫りにし、新しい移動のあり方に関する議論の材料として提示したい。