構造と生成、そして博士論文『文心雕龍の研究』への道程――最終講義に替えて――
DOI:
https://doi.org/10.51094/jxiv.5176抄録
要旨
若い頃の私は、ソシュールの言語学を中心とする構造主義の方法に強く惹かれていた。卒業論文「文心雕龍論」は、その方法を用いて『文心雕龍』における「文」の概念について分析した。しかし研究を進めるにつれて、構造主義的分析だけでは、『文心雕龍』の、文章を作成することを主題の一つとして論じている側面は捉えきれないと考えるようになった。
その際に大きな意味を持ったのが、時枝誠記の言語過程説、および三浦つとむ・吉本隆明らの言語思想であった。そこでは、言語は固定した体系ではなく、「対象→認識→表現」という表現過程として捉えられていた。私は、このような考えの下に修士論文「文心雕龍研究」を書き、修士の学位を取得した。
しかし、「言語過程説」だけで、『文心雕龍』の根源に存在する思想や全体の構成は捉えることも困難であると考えるようになっていた。
そのようなときに、浅田彰の『構造と力』に出会った。そこでは、構造主義と、それへの批判として始まったポスト構造主義の連続性について論じられていた。まさに「構造」と「力」すなわち「生成」との連続関係である。
その視点から『文心雕龍』を読み直したとき、私は、修士論文ですでに述べていた「体用の論理」が思考様式としてこの書物全体を貫いていることの意味が、「構造」と「生成」として理解されることに思い至った。
私の博士論文『文心雕龍の研究』は、『文心雕龍』を単なる文学理論書としてではなく、その文章観の根柢に「体用の論理」という思考様式が貫いた文学思想の書として捉え直そうとしたものである。
そこでは、「道」から「文」へ、「心」から「文」へ、「道」から「経」へ、「経」から「文体」へ、「文体」から「文章」へという変化はいずれも、構造から連続的に生成する過程として理解できること、いずれの段階においても「体」から「用」への生成過程として理解できること、さらには、『文心雕龍』全体の構成そのものも、前半が「体」としてあり、後半が「用」として構成されていることを論じている。
さらには、『文心雕龍』は、まず、「道」から「経」へという枠があり、次に「経」から「文体」へという枠、その次に「文体」から「文章」へという枠、最後に、文章の「体」全体を述べた前半二十章から、その「用」の全体について論じた後半二十章へという枠があるという四重の入れ子構造として構成されていることを指摘した。
本稿は、私自身の『文心雕龍』研究の歩みを振り返りながら、その過程で用いた学問的方法の変遷について述べたものである。それは、端的に言えば「構造主義」から「言語過程説」へ、そして「ポスト構造主義」へという歩みである。
『文心雕龍』の研究は、二十一歳の時に始まり、五十一歳まで続いた。したがって、本稿は、私自身の三十年にわたる『文心雕龍』研究史を述べたものであり、同時に、一つの学問的方法形成を辿った思想史的自伝と言ってもよい。
利益相反に関する開示
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引用文献
(1)ソシュール:フェルディナン・ド・ソシュール(Ferdinand de Saussure, 一八五七~一九一三)スイスの言語学者。死後刊行された『一般言語学講義』(一九一六)で言語を「ラング」と「パロール」に区別し、言語の意味が差異によって成立することを論じた。構造主義言語学の祖とされる。
(2)劉勰:(りゅう きょう、泰始二年(四六六年)頃~中大通四年(五三二年)頃)は、南朝斉から梁にかけての官僚・文人。『文心雕龍』の著者として知られる。字は彦和。本貫は東莞郡莒県。前漢の斉悼恵王劉肥の末裔にあたる。
(3)『文心雕龍』。中国南朝・梁の文学理論書。劉勰(約四六六~約五三二)著。全五十篇から成り、文学の本質・構造・文体・創作原理を体系的に論じた最初の総合的文学理論書とされる。思想的基盤には『易経』や『老子』の「道」の観念があり、「文は道の用なり」とする構造的かつ生成的世界観を特徴とする。主要な底本としては『四部叢刊』影印本および周振甫『文心雕龍注』(人民文学出版社、一九八一)が広く用いられる。
(4)興膳宏訳注の『文心雕龍』:『文心雕龍・陶淵明』世界古典文学全集二五。 筑摩書房、一九六八年。
(5)小林英夫訳の『言語学原論』:一九二八年、岡書房。一九四〇年、岩波書店より改訂新版が刊行された。さらに一九七二年に『一般言語学講義』と題を変えて出版された。
(6)『一般言語学講義』: (フランス語: Cours de linguistique générale) は、フェルディナン・ド・ソシュールが一九〇六年から一九一一年にかけて行った講義の内容を、シャルル・バイイとアルベール・セシュエが編集し出版された本である。ソシュールの死後一九一六年に出版され、二〇世紀前半にヨーロッパ、アメリカで栄えた構造主義言語学の起こりと一般にみなされている。一九二二年に神保格が『講義』を初めて紹介し、一九二八年には小林英夫が『言語学原論』というタイトルで翻訳を刊行している。これは『講義』の翻訳としては世界初であった。一九二〇年代、日本の言語学では研究の指針と成るものを求めており、小林の翻訳した『講義』はたちまちに普及した。
(7)戸田浩曉の訳注による『文心雕龍』上下:上、一九七四年。下、一九七八年。
(8)他の訳注書:興膳宏の訳注の他に、目加田誠の訳注書 (「中国古典文学大系五四 中国芸術論集」 平凡社、一九七四年)がある。
(9)時枝誠記:(ときえだ もとき、一九〇〇年〈明治三三年〉~一九六七年〈昭和四二年〉)は、日本の国語学者。学位は、文学博士(東京帝国大学・論文博士・一九四三年)(学位論文「言語過程説の成立とその展開」)。東京大学名誉教授。
(10)言語過程説:言語過程説は、時枝誠記(一九〇〇~一九六七)が提唱した言語理論である。時枝は、言語を客観的な体系として捉えるのではなく、主体が対象を認識し、それを表現へと形成する過程として捉えた。私が修士課程以来強い影響を受けた理論であり、本稿でいう「対象→認識→表現」という枠組みも、この言語観に基づいている。
(11)『国語学原論』:『國語學原論――言語過程の成立とその展開』、岩波書店、一九四一年。
(12)三浦つとむ: (一九一一年 (明治四四年)~一九八九年 (平成元年)) は、日本の哲学者、言語学者、マルクス主義者。弁証法を武器とし、在野の理論家として、認識論、言語論、芸術論、組織論、人生論など、幅広い分野において、活発な研究を続けた。
(13)吉本隆明:(一九二四~二〇一二)。日本の思想家・文芸評論家。『言語にとって美とはなにか』(一九六五)において、言語表現を対象認識と表現との関係から捉え直し、独自の言語理論を展開した。時枝誠記の言語過程説や三浦つとむの認識論的言語論を継承しつつ発展させたものであり、一九七〇年代以降の思想界・文学研究に大きな影響を与えた。
(14)『言語にとって美とは何か』:(勁草書房、一九六五年)。時枝誠記の言語過程説を基盤としながら、文学表現を「対象―認識―表現」の過程として捉え直した理論書である。一九六〇年代以降の日本の言語論・文学理論に大きな影響を与えた。
(15)『認識と言語の理論』:(勁草書房、一九六七~一九七二年、全五巻)は、言語を人間の認識活動の産物として捉え、その成立過程を理論的に考察した大著である。三浦は、言語を客観的体系としてではなく、「対象―認識―表現」の過程として理解し、時枝誠記の言語過程説を認識論的基礎の上に再構築しようとした。本書は、戦後日本の言語論・認識論に大きな影響を与えた。
(16)浅田彰:哲学者・批評家。京都大学経済学部卒業、同大学大学院文学研究科博士課程修了。ポスト構造主義思想を日本に紹介した代表的論者として知られ、哲学・社会批評・芸術論の分野において広範な活動を続けている。
(17)『構造と力――記号論を超えて』:勁草書房、一九八三年九月。フランス現代思想――とくにデリダ、ドゥルーズ、アルチュセールら――を日本語で本格的に論じた先駆的著作であり、思想書としては異例のベストセラーとなった。
(18)ロラン・バルト:ロラン・バルト(Roland Barthes, 一九一五~一九八〇)。フランスの文芸批評家・思想家。ソシュール言語学や構造主義の方法を文学研究へ導入した代表的論者の一人であるが、後期には『作者の死』などにおいて、意味の固定性を否定し、後のポスト構造主義へとつながる思考を展開した。
(19)ミシェル・フーコー:ミシェル・フーコー(Michel Foucault, 一九二六~一九八四)。フランスの思想家。『言葉と物』『知の考古学』などにおいて、知の体系や言説の歴史的形成過程を分析した。しばしば構造主義と関連づけられるが、自らはその立場を否定している。その思想は後のポスト構造主義の展開に大きな影響を与えた。
(20)ジャック・デリダ:(Jacques Derrida, 一九三〇~
二〇〇四)フランスの哲学者。『グラマトロジーについて』(一九六七)などで「脱構築(déconstruction)」の概念を提唱し、言語・意味・テクストの不安定性を論じた。構造主義の枠組を内側から解体した思想家として知られる。
(21)ジル・ドゥルーズ:(Gilles Deleuze, 一九二五~一九九五)フランスの哲学者。『差異と反復』(一九六八)やフェリックス・ガタリとの共著『アンチ・オイディプス』(一九七二)、『千のプラトー』(一九八〇)などで、存在を固定的実体ではなく絶えざる生成の過程として捉える哲学を展開した。彼のいう「生成(devenir)」とは、既存の同一性や主体を前提とするのではなく、差異の運動のなかで新しい関係や存在様式が生起していく過程を指す。この思想は、存在を固定的実体ではなく変化の過程として理解する点において、東洋思想における「変化」や「生成」の世界観と比較されることも多い。
(22)フェリックス・ガタリ:(Félix Guattari, 一九三〇~一九九二)精神分析家・哲学者。精神分析とマルクス主義を横断し、「欲望の生産」という概念を中心に社会と主体の生成過程を論じた。ドゥルーズと共著した『アンチ・オイディプス』(一九七二)、『千のプラトー』(一九八〇)は、ポスト構造主義の代表的著作として知られる。
(23)ルイ・アルチュセール(Louis Althusser, 一九一八~一九九〇)マルクス主義哲学者。構造主義の方法をマルクス理論に導入し、経済・政治・イデオロギーの複合的作用を「構造的因果性」として説明した。著書『資本を読む』(一九六五)など。
(24)クロード・レヴィ=ストロース:(Claude Lévi-Strauss, 一九〇八~二〇〇九)フランスの文化人類学者。ソシュールの構造言語学を人類学へ応用し、神話・親族・料理法などの諸制度を「構造」の観点から分析した。主著『親族の基本構造』(一九四九)、『野生の思考』(一九六二)など。
(25)フェルディナン・ド・ソシュール:(Ferdinand de Saussure, 一八五七~一九一三)スイスの言語学者。死後刊行された『一般言語学講義』(一九一六)で言語を「ラング」と「パロール」に区別し、言語の意味が差異によって成立することを論じた。構造主義言語学の祖とされる。
(26)構造主義(Structuralisme)主として一九五〇年代後半から一九六〇年代にかけてフランスを中心に展開した思想潮流。人間の思考・文化・社会の背後にある「構造(structure)」を探求する方法論を指す。代表的論者はレヴィ=ストロース、バルト、ラカンなど。個別現象の背後にある関係の体系を分析の対象とし、意味を実体ではなく差異の網目として捉える点に特徴がある。
(27)ポスト構造主義(Post-structuralisme)一九七〇年代にフランスで興隆した思想潮流。構造主義の静的体系観を批判し、言語・権力・主体の生成過程を重視する。代表的論者にデリダ、ドゥルーズ、フーコー、リオタールらがいる。構造の内部に潜む運動性や生成の契機を思考する点に特徴がある。
(28)差延(différance):差延(différance)は、ジャック・デリダが提唱した概念である。フランス語の différence(差異)と同音であるが、綴りを変えることによって、「差異(difference)」と「延期・遅延(deferral)」の二つの意味を同時に含ませている。意味は他の記号との差異によって成立すると同時に、その確定は絶えず先へ延期されると考えられる。
(29)生成変化(devenir):ドゥルーズ哲学を特徴づける概念であり、固定した本質や同一性を前提とせず、絶えず差異化し変化し続ける運動を意味する。これは構造を静的体系として捉える発想を超え、構造そのものを生成の過程として理解しようとするポスト構造主義の思考と深く結びついている。
(30)緯書:緯書とは、前漢末から後漢にかけて成立した経書解釈書群である。陰陽五行説や天人相関説などを取り込みながら、宇宙・歴史・人間を包括的に説明しようとした。『文心雕龍』において劉勰は、文章世界の根源を「道―聖―経」に求める一方で、緯書にも一定の意義を認め、「酌乎緯(緯を酌む)」と述べている。
(31)楚辞:『楚辞』は、戦国時代楚国の詩人・屈原の作品を中心とする詩歌集であり、『詩経』と並ぶ中国文学のもう一つの源流である。『文心雕龍』「序志篇」の「変乎騒」の一句は、『離騒』に代表される楚辞文学が、経書の伝統を継承しながらも、新たな文学表現を生み出したことを意味している。劉勰はここに文学の創造的展開の契機を見ていたと考えられる。
(32)『易』:(『周易』)は、中国思想の根本経典の一つである。『易伝』では、世界は「生生之謂易」(繋辞上伝)と表現され、万物が不断に生成変化する過程として理解されている。しかし同時に、その変化の背後には普遍的秩序が存在すると考えられており、「変易」と「不易」との統一が説かれる。本稿でいう「構造」と「生成」の関係は、この『易』の世界観とも深く通じるものである。
(33)王弼:(二二六~二四九)魏の思想家・政治家であり、魏晋玄学の代表的人物である。『周易注』『老子注』を著し、「無」を万物の根源として捉える哲学を展開した。特に『周易注』では、「体」と「用」、「本」と「末」の相互関係によって世界を理解しようとし、後世の中国思想における「体用の論理」の形成に大きな影響を与えた。
(34)『十三経注疏』:中国経学における標準的注釈書集成である。現在広く用いられているものは清代の阮元(一七六四~一八四九)が校勘・刊行した版本であるが、その内容は、漢代から唐代にかけて成立した十三の儒教経典と、それに対する代表的な注釈(注)およびその解説(疏)から成っている。『周易正義』『尚書正義』『毛詩正義』『礼記正義』などを含み、中国伝統学術における経学研究の基本文献とされる。なお、『周易正義』には王弼注と韓康伯注が採用されており、そのため王弼の『易』解釈は後世の経学および中国思想に大きな影響を与えた。
(35)韓康伯:(?~三八五)は、東晋の学者。王弼の『易』学を継承し、王弼が注を付さなかった『易伝』諸篇に注釈を加えた。その注は王弼注とともに『周易正義』に採用され、後世の『易』学に大きな影響を与えた。したがって、王弼・韓康伯の『易』解釈は、中国思想における「体用」の思考様式を理解する上でも重要な位置を占めている。
(36)池上嘉彦:(一九三四~ )は、日本の言語学者・記号論研究者。『記号論への招待』(岩波新書、一九八四年)において、ソシュールやパースの理論を踏まえながら、記号と意味との関係を体系的に論じた。同書は日本における記号論普及に大きな役割を果たした。
(37)『記号論への招待』:(岩波新書、一九八四年)は、ソシュールやパースをはじめとする記号論の基本的な考え方を平明に解説した入門書である。記号を単なる伝達手段としてではなく、意味生成の過程として捉え、人間がどのように世界を認識し表現するかを考察している。本書は、私が中国詩における意味生成や象徴構造の問題を考える上で、大きな示唆を与えた。
(38)高駢:(八二一~八八七)は、晩唐の詩人・軍人・政治家。字は千里。唐末の有力節度使として知られる一方、多くの詩作を残し、『全唐詩』にも収録されている。
(39)『大東文化大学 漢学会誌』第六十五号。令和八年三月十日。大東文化大学漢学会発行。
(40)ウラジーミル・プロップ:(Vladimir Propp, 一八九五~一九七〇)は、ロシアの民俗学者・文学研究者。主著『昔話の形態学』(一九二八)
において、ロシア昔話を分析し、物語は登場人物ではなく一定の「機能」の連鎖によって構成されていることを明らかにした。この研究は後の構造主義的物語研究に大きな影響を与えた。
(41)『昔話の形態学』:(北岡誠司・福田美智代訳)白馬書房、一九八七年(原著一九二八年)。
(42)ジェラール・ジュネット:(Gérard Genette, 一九三〇~二〇一八)は、フランスの文学理論家。構造主義文学理論を代表する研究者の一人であり、『物語のディスクール(Discours du récit)』(一九七二)において、物語の時間、語りの視点、叙述の水準などを体系的に分析した。彼の理論は現代の物語論(ナラトロジー)の基礎を築き、小説研究のみならず、広く文学研究に大きな影響を与えた。
(43)『物語のディスクール』:(Discours du récit, 一九七二、花輪光・和泉涼一訳、書肆風の薔薇、一九八五年)は、現代物語論の代表的著作である。物語内容(histoire)、語り(récit)、叙述行為(narration)を区別し、時間・様態・態(voice)の観点から物語構造を分析した。本書は、私が中国の志怪・伝奇小説における語りと時間構造の問題を考える上で大きな示唆を与えた。
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投稿日時: 2026-06-19 07:22:09 UTC
公開日時: 2026-07-10 02:02:06 UTC
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Hirofumi Kadowaki
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