ポリクライシス時代における中国の環境協力とラテンアメリカ諸国の対応

チリ・ブラジル・メキシコの事例

抄録

本稿は、ラテンアメリカ諸国の中でも豊富なエネルギー資源を有する国々が、中国による環境協力、とりわけ再生可能エネルギーおよび気候変動分野における協力イニシアティブに対してどのように政治的に対応してきたのか、そのプロセスを分析するものである。COVID-19パンデミックの発生とロシア・ウクライナ戦争は、地球規模の気候政治に大きな変化をもたらし、主要国の役割や中南米諸国の気候コミットメントに対する関心が高まっている。パリ協定の下で途上国には法的な排出削減義務は課されていないものの、グローバルな脱炭素化努力への貢献を求める国際的圧力は増している。とはいえ、多くの国では国内の政治的・経済的対立が進展の障害となっている。

こうした制約にもかかわらず、いくつかの中南米諸国は、中国からの技術的・資金的支援の度合いに違いはあるものの、エネルギー転換を積極的に開始している。しかしながら、中国の関与に対する各国の対応は地域内でも大きく異なっている。協力を積極的に歓迎する国がある一方で、エネルギーの自給自足を選び、関与を限定する国も存在する。本稿は、このような多様な対応のあり方は、「中国脅威論」や「対中依存論」といった従来の説明枠組みだけでは十分に理解できないと論じる。

こうした差異を理解するために、本研究では、ポリクライシス（複合的危機）の前後における脱炭素化をめぐる国際的・国内的な政治力学に着目する。そして、中国の政策関与の程度を規定する三つの主要因――(1) アメリカ合衆国への地政学的近接性、(2) 国家と企業の関係性、(3) 国家レベルの政治的イデオロギーの変容――を明らかにする。具体的には、チリ、ブラジル、メキシコの比較事例研究を通じて、各国の対応パターンを「促進」「中立」「制限」の三類型に分類する。三国すべてが排出削減目標を掲げた気候政策を制定しているが、チリとブラジルは対中協力を深化させたのに対し、メキシコはこれを抑制している。

本研究の成果は、従来の経済的補完性という枠組みを超えて、中国と中南米の関係を再解釈する視座を提示するものである。むしろ、中南米諸国が外部の大国との環境協力をいかに戦略的に管理しているかという点に着目し、その主体性（アジェンシー）を強調する。